塩飽諸島と瀬戸大橋

雲一つない秋晴れの空に誘われて、無計画のクルージングのに出てみました。

以前から興味のあった塩飽(しあく)諸島の中心の島、「本島」まで行ってみました。

高松港から出て、満潮に乗って西航し、大槌島、小槌島、小瀬居島、与島、小与島、
牛島、本島、岩黒島と回ってきました。
備讃瀬戸東航路を挟んでの大槌島(奥)と小槌島(手前)です。なんとなくベーゴマを
かぶせた形をしています。
いままでは車で五色台の大崎の鼻から眺めましたが、初めて小槌島と大崎の鼻の間を
航行しました。
三つ子島と瀬戸大橋の橋げたのところは、交通の難所に位置しています。
備讃瀬戸航路と水島航路、坂出港の交差点となっており、航路幅は相当狭くなっている
ところです。
与島側を眺めての瀬戸大橋
坂出側を眺めての瀬戸大橋
さて、潮流の速い西備讃瀬戸に浮かぶこの塩飽諸島は、古代から海上交通の要衝です。
また、この島に住む漁師は塩飽水軍いわゆる海賊としても有名で、通行する船や近隣の
街の富豪から美しい女性を略奪して、島に連れ帰り子孫を繁栄させてきたとも言われて
おり、結構美人の産地としても有名です。(独説?)
その後、戦国時代の秀吉以来、全国で唯一の島民による自治権が認められていたところで、
人名から選出された4人の年寄によって政治が行われていました。
江戸時代は天領として明治維新まで人名の自治が続き、政務を執った塩飽勤番所をはじめ、
笠島地区では船大工が建てた街並みなど歴史・文化財の宝庫としても有名です。
また、幕末に太平洋を渡った咸臨丸の乗組員(半数以上)として活躍したのも塩飽の人達です。

しかしながら、プレジャーボートが接岸できる桟橋がなく、漁港に許可をいただき係留する
ことになりましたが、東の風が強く、結局は海から眺めて帰ることになってしまいました。

帰りしなに、与島にも寄ってみました。
与島にある瀬戸高速道のサービスエリアでもある「瀬戸大橋フィッシャーマンズ・ワーフ」
の桟橋。この施設は、今年の11月末で全館休業することになってしまった。
この10月にはボートゲームフィッシングの四国大会がこの桟橋を使って開催される予定だが、
その後は廃墟になってしまうのだろうか。残念!

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